日本古来の塗料『漆』と現代の建築用塗料

はじめに

世界中の塗料メーカーが日々開発を進め、塗料は日進月歩で進化を続けています。塗装の仕事に携わっていると、販売店やSNSなどで様々なメーカーから新しく上市される塗料の情報が常に入ってきます。

一方、日本では何千年も前から変わらず、社寺建築や伝統工芸などの漆器、仏具などに塗られてきた「漆」という塗料があります。
漆塗り塗装作業中
現在でも、重要文化財などの建造物の塗装には、昔ながらの技法で漆専門の職人が塗装工事を施工しています。2019年の火災で焼失した沖縄の首里城では「令和の復元」と呼ばれる復興工事が進められており、その現場での塗装工事に参加させていただく機会がありました。そこで、普段なかなか扱うことのない漆について検証を行いました。

検証項目
実際に現場で塗装してみて、普段使っている塗料との違いを感じた以下の項目について検証しました。

現場で違いを感じた項目
 • ①表面乾燥のスピード
 • ②1工程に塗布できる塗布量(膜厚)

①表面乾燥のスピードを検証
漆の硬化条件

漆の硬化する条件には温度と湿度が必要で、一般的に温度25~30℃、湿度75~85%が最適と言われています。普段使っている建築用塗料よりもゆっくりと乾燥(硬化)していきます。

そのため、材料を配ってから刷毛を通せる時間は長く感じたので、弱溶剤塗料と比較しました。

検証方法

同じサイズのアルミ板に漆と弱溶剤塗料を塗布し、縦横に刷毛を通してみて、塗面に刷毛目が出そうな状態になるまでの時間を計測します。

●弱溶剤塗料での検証
まず、弱溶剤の1液シリコン塗料をアルミ板に塗って時間を測定しました。
試験塗装環境の温度と湿度

環境条件:室内、室温29℃、湿度62%

弱溶剤1液シリコン塗料をアルミ板に塗布
材料を配りストップウォッチをスタートさせ、8号の刷毛で縦横に連続で刷毛を通していくと、6分28秒辺りで表面乾燥が始まったためストップウォッチを止めました。
弱溶剤1液シリコン塗料の表面乾燥が始まるまでの時間

弱溶剤1液シリコン塗料の表面乾燥が始まるまでの時間

弱溶剤1液シリコン塗料の塗装面の状態
3分後には刷毛の筋が残っていました。現場での施工では刷毛目や塗り継ぎが出てしまう状態です。
毛目や塗り継ぎが出ている塗装面の状態 
●漆での検証
次に黒呂色漆という漆を8号の漆刷毛で塗装しました。
漆の塗装面の状態
材料を配りストップウォッチをスタートさせると、気温が30℃近くても湿度60%だと硬化が進まないため、8分37秒で一度ストップウォッチを止めました。
漆塗布後の時間計測
さらに2分程経ってから10分以上経過して刷毛を通した塗面
漆塗布後10分以上経過に刷毛を通した塗面 漆塗布後10分以上経過に刷毛を通した塗面
更に3分後の塗面はレベリングした良好な状態でした。
漆塗布後、更に3分後の塗面
検証結果
現在使用している一般的な建築用弱溶剤塗料と漆を比較すると、湿度60%の状況で漆は刷毛を通せる時間が長く、均等に「村切り」や「慣らし」などをする時間があり、刷毛を通した後もレベリングの良い塗料であることが分かりました。


②漆の膜厚とリフティングについての検証
リフティング現象について
漆の乾燥(硬化)には温度と湿度が大きく影響し、ゆっくりと時間をかけて乾燥(硬化)していくため、乾燥(硬化)しやすい条件で塗り厚が厚いと、表面と内部の乾燥速度の違いが大きくなり、リフティング現象(塗膜の縮み)が起きやすくなります。
現場でも一度リフティングすると研磨や乾燥に時間がかかり、後戻り作業に時間がかかるため、膜厚管理の部分では神経を使った作業が行われていました。
検証方法
実際に現場で覚えた感覚で、右にはリフティングしないであろう塗り厚、左にはリフティングしそうな塗り厚で塗装しました。
検証のため異なる塗布量で塗装した漆
濡れタオルを使って加湿して密閉された棚で、気温26℃、湿度79%の状況を作り一晩乾燥させました。
漆塗装後の温度と湿度 漆塗装後の温度と湿度
検証結果
漆を塗装した検体の乾燥後の状態
リフティングした塗膜の拡大画像
漆を塗装してリフティングした状態
厚く塗られた左は見事にリフティングしました。24時間経過してから左右の膜厚を膜厚計でそれぞれ5箇所計測すると:
• 厚く塗った左の膜厚:平均値77.5μm
• 薄く塗った右の膜厚:平均値58.8μm
約20μm前後の違いで塗膜に不具合が発生する結果となりました。
(※一般的なコピー用紙の厚さが90μmです)

まとめ・感想
検証の結果をみると、表面乾燥のスピードの違いでは、気温29℃でも硬化が促進される湿度がなければ約10分刷毛を通せて均等に仕上げる余裕がありました。
弱溶剤塗料の表面乾燥速度に慣れて感覚が染み付いているので実際の現場作業では、普段より長い時間刷毛で塗面を触る事にはじめの頃は抵抗がありました。
一方、膜厚の検証では、乾燥(硬化)条件が整っていれば20μm前後の膜厚の違いでリフティングしてしまうシビアな塗料であることも分かりました。
現場で驚いたのはテスト用の板に薄め、適量、厚すぎを塗り分けて見せて貰った際、乾燥するまで余り違いが分からなかったのですが翌日には厚塗りした部分がリフティングしていたので、僅かな膜厚の感覚を塗り分けられる繊細な感覚と技術に驚きました。
ペリーの黒船来航によって伝わった現代の洋式塗料が日進月歩で進化し、一般の建築現場ではインターバルのオープンタイムが2~3時間で、20μm前後の違いでリフティングすることもない上塗塗料が当たり前になっています。しかし、塗料メーカーの開発者の方々の努力によって現在の塗料があることを再確認できました。
また、古くは縄文時代から存在し今もなお重要文化財などの建造物に塗装されている漆には、下地作りから上塗りまで沢山の工程を今も変わらず施工している職人の方々がおられ、若い世代にも継承されていることを実際の首里城正殿「令和の復元」工事を通して知る事ができ、とても良い経験をすることができました。
首里城正殿工事中の写真
改めまして、現場で沢山のことを教えていただいた沖縄や全国から集まった職人の皆様、ならびに復興現場に携わる関係者の皆様に、この場を借りて感謝申し上げます。
.

.
記事提出者:ハマテック

タイトルとURLをコピーしました